2015/08/06

濃厚な時間と共に

コツコツと進めていた勉強が
何とか一通り、終わりました^^


毎日、日本酒でワイワイの
我が家ですが笑


どんなにお酒が入っても
しっかりと勉強をし、


ノートの文字が
踊っていることもありますが、


教科書をパタンと閉じたときの
何とも言えない達成感。



これを基盤にして、
歌がどんどんと進化していくのです^^


進化を約束できるという
確信があるほどまでに、
今回の勉強はとても大きなものでした。


逆に、この基盤を
『漠然とした』考えのみで
やってきた自分・・・
よくやってきたな、、、と
思うくらいです。


今回手をつけた知識とは
本当に大切な項目でした。



たとえて言うならば、
紙一枚の表と裏のどちらにいるかというくらい。

表は、これからぐんぐんのびていくけれど
裏は、伸びようとしても、紙があってつっかかる。


しかしその差は、1ミリにも満たない
うすい紙一枚のみの差。


自分の身体の構造を勉強していたわけですが
そこが、クリアになった今、

骨ひとつひとつ
筋肉ひとつひとつ
内臓ひとつひとつ
組織ひとつひとつ

できること、できないこと
すべきこと、すべきでないこと
繋がっているか、繋がっていないか

すべて、自分の意志で
素早い判断ができます。


ワンフレーズ歌うのに、
呼吸はどこをどう使って
声はどこから、どのように響き
身体はどこで支えて
骨は、筋肉は内臓は、どう
影響を受けているのか。

歌詞は、舌と口蓋と唇で調整し
目をつりあげたり、
笑うように頬を持ち上げたりしても
歌詞の明確さには何の
アプローチもできないこと。

つまり、歌詞の明確さと
表現は、別物だということ。



歌う、表現する、舞台に立つ上で

これからは、実践を続けて行きます。


昨日は、鎌倉近代美術館に
行って参りました。



そこで、『白樺派の愛した美術』という
書物を購入しました。

1900年代、どのようにして
海外の画家たちの作品が
選ばれ日本に紹介されたのか。

ゴッホ、セザンヌ、ロダンなどとの
手紙のやりとりの記録。

日本の美術とは何かという
当時の若者たちの希望。

どの時代にも、
世を変えたい、良くしたいと
ひとのために、身を粉にして
戦っていた人々がおり、


野蛮なことだと非難されても
自らの感性と軸を信じて
貫いた人々の
後に、革命と言われるような
エネルギーの集結を感じ取ることができます。


書簡の記録を拝見していると
それら、すべて、人間なのです。

何が言いたいかと言うと。


特別に選ばれた人とか
聖なる人種とか、そういうことではなく。


普通の人間。


衝撃を受けるというか何というか。。


凄い人なのに普通で
凄い人だから、世の中を変えていて。


かといって、己を
『我は凄い』とは言っておらず。


そこに、美しさがあるような気がします。


自然のような、壮大なエネルギーを
感じます。


ぞくぞくしながら、
白樺派の資料に耽り

100年たっても、
生き続ける彼らの精神を
受け継いで、
私も芸術家として


精進して参ります。


ここが、スタート地点!

得た知識を使って
実践を充実させていくのみです。