毎日、朝9時から、
始動する私の日常。
丁寧に、約二時間かけて、
運動をこなすという習慣は、
もう気付けば、5年続いている。
運動は、その日によって変わる。
ストレッチは、変わらないが、
背筋を鍛えてから、腹筋、
あるいは、腹筋を鍛えてから
横隔膜筋、骨盤底筋など、
あるいは、徹底的に、
殿筋を鍛え上げるために、
スクワットを様々なスタイルで
行ったりしている。
ハッキリ言って、自己流である。
自分の身体が実験台であり、
翌日の筋肉のしなやかさを
見て、効いているか、
効いていないかを判断し、
少しずつ、改善を重ね、
独自の筋トレ方法を見つけた。
お陰で、今では、
身体も柔らかくなり、
これもまた自己流の
呼吸法で、ヨガもどき、
を行う。
しかし、筋トレにしろ、
呼吸法にしろ、ヨガにしろ、
過去に、必ず、
お金を払い、
レッスンを受けたことがある。
お金と時間を投資し得た
情報と技術を、
自分の身体に取り入れている。
だから、今、こうして、
毎日、無になりながら、
身体を鍛え続けることが
出来るのは、過去の
投資のお陰でもある。
その投資が、本物だったからこそ、
今もなお、続けられる。
続ければ続けるほど、
沢山の知識が得られること。
最初のレッスンで
出会った、人々の
お陰であると思う。
歌もそうである。
私は、まったくピアノが弾けない
ソルフェージュも知らない状態で、
音楽大学受験を決めた。
高校三年生、17歳の時、
出会った、一番最初の
先生が、素晴らしかった。
先生のお陰で、
今も、ずっと続けられるし、
毎日、発見があるのだ。
そういう教え方が出来る
先生に、出会えことは、
本当に幸運であり、
感謝である。
毎日、運動をし、
温めた身体で、
ピアノの前で
歌を研究する。
これが、私の人生。
たまらなく、
愛している。
感謝を込めて、恩返しの人生。
ありがとうございます。
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2017/09/11
2017/09/10
Festival Intervalles パート2出演致します
2017/09/05
宇宙の法則
世界の平和を祈るのは、
平和でないことが
世界で起きているから。
感謝して生きるのは、
それが当たり前でないことだから。
笑顔であって欲しいと願うのは、
泣いている姿を見たから。
世界は美しいと感じるのは、
残酷な現実を見つめたから。
生きることは、
死から逃れないこと。
生まれるには、
何かを捨てる。
成功には、
失敗があり、
賞賛には、
圧倒的努力がある。
音楽という、
崇高なエネルギーと
共鳴することは、
世界平和へと
続いているのです。
昨日は、パリで知り合った友人と、
ランチを兼ねての、
感謝、巡礼の旅をすることになりました。
当初は、そのような予定ではなかったのですが、
友人が選んだお店が、すべて、
私の人生に深く関わる方々の
家の傍を通る道だったからです。
まずは、Liègeに行き、
家の前で、感謝を。
そして、次は、
Saint Georgeに行き、
家に向かい、感謝を。
友人は、私が感謝をしている姿を
ずっと見守ってくれていました。
『感謝の旅が出来るとはまさか
思わなかった、ありがとう』
と、伝えていると、
向こうの方から、
その感謝を述べていた方の
ご家族が歩いているのが見え、
ニコニコと笑顔で話しかけてくれました。
私は、本当に心から驚いて、
『お元気ですか、
今まさに、あなたの奥様のお話を
していたところです。』
そうご主人に伝えました。
手には、お子様がいらして、
この子は、長男Akiと
同い年だったな、
大きくなったなと感じていました。
ご主人が
『あなたのお子さんは、
一人が息子と同い年で、
もう一人は、2歳くらい
年下でしたっけね』
と、私の息子たちのことを
覚えていてくださり、
本当に、感動しました。
こんな偶然の再会があること。
その再会から、
私自身のエネルギーが
大きく変わったこと。
傍にいた友人が言ってました。
『切っても切れない縁、
運命、そういうものってあるのかもね。
そして、巡り巡る中で、
本物の共鳴があって、
それは、さゆりんが、
日々、どんな生き方をしているか、
そういうことの答えなんだろうね』
(友人は私のことをさゆりん、と呼んでくれます笑)
9月1日と言う、新しいサイクルが始まり、
Carnacという街で、スタートした私だが、
Carnacもまた、やはり、私の人生に深く
関わっている街が近くにあったので、
感謝をこめて、歌ってきた。
感謝の旅が、始まっている。
何という、幸せな人生だろうか。
ありがとうございます。
感謝をこめて、
2017年、美しく過ごしていこう。
そう、誓います。
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平和でないことが
世界で起きているから。
感謝して生きるのは、
それが当たり前でないことだから。
笑顔であって欲しいと願うのは、
泣いている姿を見たから。
世界は美しいと感じるのは、
残酷な現実を見つめたから。
生きることは、
死から逃れないこと。
生まれるには、
何かを捨てる。
成功には、
失敗があり、
賞賛には、
圧倒的努力がある。
音楽という、
崇高なエネルギーと
共鳴することは、
世界平和へと
続いているのです。
昨日は、パリで知り合った友人と、
ランチを兼ねての、
感謝、巡礼の旅をすることになりました。
当初は、そのような予定ではなかったのですが、
友人が選んだお店が、すべて、
私の人生に深く関わる方々の
家の傍を通る道だったからです。
まずは、Liègeに行き、
家の前で、感謝を。
そして、次は、
Saint Georgeに行き、
家に向かい、感謝を。
友人は、私が感謝をしている姿を
ずっと見守ってくれていました。
『感謝の旅が出来るとはまさか
思わなかった、ありがとう』
と、伝えていると、
向こうの方から、
その感謝を述べていた方の
ご家族が歩いているのが見え、
ニコニコと笑顔で話しかけてくれました。
私は、本当に心から驚いて、
『お元気ですか、
今まさに、あなたの奥様のお話を
していたところです。』
そうご主人に伝えました。
手には、お子様がいらして、
この子は、長男Akiと
同い年だったな、
大きくなったなと感じていました。
ご主人が
『あなたのお子さんは、
一人が息子と同い年で、
もう一人は、2歳くらい
年下でしたっけね』
と、私の息子たちのことを
覚えていてくださり、
本当に、感動しました。
こんな偶然の再会があること。
その再会から、
私自身のエネルギーが
大きく変わったこと。
傍にいた友人が言ってました。
『切っても切れない縁、
運命、そういうものってあるのかもね。
そして、巡り巡る中で、
本物の共鳴があって、
それは、さゆりんが、
日々、どんな生き方をしているか、
そういうことの答えなんだろうね』
(友人は私のことをさゆりん、と呼んでくれます笑)
9月1日と言う、新しいサイクルが始まり、
Carnacという街で、スタートした私だが、
Carnacもまた、やはり、私の人生に深く
関わっている街が近くにあったので、
感謝をこめて、歌ってきた。
感謝の旅が、始まっている。
何という、幸せな人生だろうか。
ありがとうございます。
感謝をこめて、
2017年、美しく過ごしていこう。
そう、誓います。
2017/09/03
音楽の神様
私にとり、舞台に立つことで、
毎回毎回、大きなものを受け取る。
大きなエネルギーだけに、
受け取るエネルギーもまた大きい。
今回の、舞台もまた、
大きなエネルギーをいただいた。
舞台の二日目のリハーサル中。
指揮者の譜面台から、
ポトリとワーグナーの楽譜が落ちた。
ポケットタイプのもので、
B6サイズくらいの小さな楽譜。
私は、ちょうど、それが落ちたのを見たが、
指揮者も、オーケストラの人々も、
誰一人として、気付いていなかった。
私自身遠くにいたのもあり、
声をかけなければ、
と、ステージに向かった時。
いきなり、コンサートマスターの
譜面台の照明が、ガタンと落ちた。
みんな、その照明に目をやる。
そして、指揮者が、ワーグナーの
楽譜が落ちていることに、気が付いた。
私は、指揮者には、音楽の神様がいる、
そう、確信したのである。
彼は、いつも、音楽の神様に愛されている。
もう5年前くらいになるが、
その時も、やはり、ワーグナーだった。
彼が、ピアニストとして座り、
とあるメッゾの背の高い女性が、
ワーグナーの曲を歌っていたのだが、
その時、その歌手の方が調子悪く、
どうしても、音程が定まらずにいた。
すると、彼の目の前にある楽譜が、
突然、風に煽られて、飛んでいき、
演奏が中断されてしまったのだ。
あれは、本当に、不思議だった。
室内で、風など吹かないであろう中、
あるいは、照明がガッチリと譜面台に
設置してあり、落ちることなどないであろう中。
そういうことが、起きたのは、
きっと、音楽の神様の仕業なのでは。
そう思い。
(ワーグナーの神様かしら)
私は、音楽の神と共にいる指揮者の隣で
とても伸び伸びと歌うことが出来た。
もちろん、神は、
微笑むばかりではなく、
時には、むごい試練もお与えになるのだが。
音楽の神に愛されている彼のような、
心で、身体で、全身全霊で
音楽に向き合っている姿勢に、
かなわない、とも感じた。
それでも、少しでも、応えられるよう。
今回の舞台で得た、すべてのことを、
受け止めて、また、改めて、
謙虚な気持ちで、スタートしたい。
これからも、日々、
精進したいと思います。
2017/08/27
Festival Terraqué
2017年9月1日~9日まで
Festival Terraquéに参加いたします。
2017年9月1日のApparitionsと
2017年9月2日のLe Chant de la Nature の
二日間、歌わせていただきます。
ブルターニュ地方は行ったことがない街です。
カルナックとは、どんな街なのか、
今から、とても楽しみです。
Festival Terraque、
Terraqueとは、土と水、という意味合いだそうです。
入場自由ですので、
もし、カルナックにいらっしゃり、
たまたまこのブログを読んだ方と
カルナックで出会えたら。
いつも、そんな夢みたいなことを
願っております。
いつもありがとうございます。
Facebook
Festival Terraquéに参加いたします。
2017年9月1日のApparitionsと
2017年9月2日のLe Chant de la Nature の
二日間、歌わせていただきます。
ブルターニュ地方は行ったことがない街です。
カルナックとは、どんな街なのか、
今から、とても楽しみです。
Festival Terraque、
Terraqueとは、土と水、という意味合いだそうです。
入場自由ですので、
もし、カルナックにいらっしゃり、
たまたまこのブログを読んだ方と
カルナックで出会えたら。
いつも、そんな夢みたいなことを
願っております。
いつもありがとうございます。
2017/08/26
その一瞬のために
9月1、2日と、Parisを離れ、
ブルターニュ地方へ、行く。
Carnacという街で、演奏会だ。
演奏会一週間前の今日は、
指揮者との合わせの日であった。
彼とのセッションは面白い。
様々なアイディアでもって、
どうのように曲を表現してほしいかを
伝えてくれるのだ。
今日は、広重の絵、
とりわけ、雪の絵を見せてくれた。
この絵のように、歌ってほしい。と。
お互いに同じイメージを明確にもつこと。
それで、音楽のアンサンブル力があがる。
更に、ゲランの香水をかがせてくれた。
『ゲランは、まさに音楽』
そう言い、満足そうに、香水を片づけ、
音の世界へと入っていく。
視覚で、聴覚で、嗅覚で
五感をフルに使って、
音楽を奏でるのだ。
私の声は、彼が創り出す音へと溶け込む。
彼の音が、私の声と共鳴する。
まるで、愛し愛されるかのような時間。
音楽がもつ、エネルギーは、
その時の一瞬だけのこと。
夢のような、幻のような
そんな時間なのだ。
けれども、現実に生きる
生の、この命と、
深く関わり続ける。
その一瞬の恍惚が味わいたくて。
誠実に、惜しみない努力をしたくなる。
別世界のようでいて、
そんな世界は勝手な思い込みでしかなくて。
そんな非現実な、美しく心地よい空間で
酔いしれながら、歌うのである。
まったく、音楽家とは、何という職業だろう(笑)
感謝しかない。
ありがとう。
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ブルターニュ地方へ、行く。
Carnacという街で、演奏会だ。
演奏会一週間前の今日は、
指揮者との合わせの日であった。
彼とのセッションは面白い。
様々なアイディアでもって、
どうのように曲を表現してほしいかを
伝えてくれるのだ。
今日は、広重の絵、
とりわけ、雪の絵を見せてくれた。
この絵のように、歌ってほしい。と。
お互いに同じイメージを明確にもつこと。
それで、音楽のアンサンブル力があがる。
更に、ゲランの香水をかがせてくれた。
『ゲランは、まさに音楽』
そう言い、満足そうに、香水を片づけ、
音の世界へと入っていく。
視覚で、聴覚で、嗅覚で
五感をフルに使って、
音楽を奏でるのだ。
私の声は、彼が創り出す音へと溶け込む。
彼の音が、私の声と共鳴する。
まるで、愛し愛されるかのような時間。
音楽がもつ、エネルギーは、
その時の一瞬だけのこと。
夢のような、幻のような
そんな時間なのだ。
けれども、現実に生きる
生の、この命と、
深く関わり続ける。
その一瞬の恍惚が味わいたくて。
誠実に、惜しみない努力をしたくなる。
別世界のようでいて、
そんな世界は勝手な思い込みでしかなくて。
そんな非現実な、美しく心地よい空間で
酔いしれながら、歌うのである。
まったく、音楽家とは、何という職業だろう(笑)
感謝しかない。
ありがとう。
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