2015/09/06

9月19日の演奏会の詳細

今月、9月19日にあります、
ブリュッセルでの演奏会
の詳細を載せたいと思います。



BOZAR 

Opening Night

2015



欧州世界遺産記念日と
ブリュッセルにある、ボザール邸の
シーズン・オープンの日である
2015年9月19日。

La Chambre aux échosは、
かの有名な建築家ヴィクトール・オルタの
手によって創られた美しきホールにて
前代未聞の型破りな音楽祭を提供する。


La Chambre aux échosと共演する
歌手、作曲団、電子音楽、オーケストラ
様々なジャンルで、ソロ、オーケストラ曲を
Henry Le Bœufホールにて、
19時から22時まで、演奏披露する。

オルタ氏によって草案されたこのオマージュは
私たちLa Chambre aux échosに忠実であり、
偏ることない様々なプログラムの共鳴は『美しき芸術』となる。
事件なのか演出なのかという新しい聴き方を提供する。

流行歌や現代曲、それこそ、
ワーグナーからクルタックまで網羅するに至る。

映画と度を越したオマージュが、
時に、クラシック音楽の精霊を呼び起こす、
そう、あのスタンリー・キューブリックのやり方でもある。

(画像はお借りしました)

23時半の閉幕は、オルタ・ホールにて。



・・・



クラシック音楽、オペラに加えて



実は、レディ・ガガを歌うことにもなりました!


面白そうです。



クルターク氏の曲は、
もう、本当に美しいのですが、
わたし自身、音が追いついていかぬ
もどかしさを、味わっています。

けれど、あと二週間。
クルターク氏の曲を
これこそ、彼の求めた音と
演奏できるとこまでもっていきます。


精霊を呼び起こそうと思います^^
(と思ってできることではないので
天におまかせいたしますが笑)

ベルギーにいらっしゃる皆様。
是非、事件なのか?演出なのか?
と想像を超えるエンターテイメントと
なると思いますので、
是非是非、お時間ありましたら
いらしてください。

2015/09/05

五分の勝ちが最上

普段、まったく更新がストップしている
フランス語の拙ブログに、
日本語の記事【9月19日のお知らせ】を
間違えてアップしておりました。

後ほど、こちらのブログでもアップします^^



ところで、今日、ふと、目にした記事があり、


【十の勝ちは危ない、五分の勝ちが最上】
(甲陽軍艦より)


という一文に、なるほどーと頷いておりました。


まず、甲陽軍艦という書物ですが、
江戸時代初期に編纂された軍書。 20巻。甲州流の軍法,兵法を伝える目的で,武田晴信 (信玄) ,勝頼2代にわたる事績,合戦,刑政,軍法を記し,さらに甲州武士の事績,心構え,理想を述べたもので,特に軍法の記述に中心がおかれているので軍鑑といわれる。

だそうです。
(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説より)


19歳のときに、まさにこれを体験したのですが。。
17歳6ヶ月目ではじめた声楽でしたが、
わずか8ヶ月と言う期間で、音大にストレート合格し、
19歳で、学部一番となり、そのきっかけとなったのが、

まさに、十の勝ち、と言えるような、
神がかった演奏を、したことによります。

ロッシーニ作曲のセヴィリアの理髪師の
登場人物、ロジーナのアリアと、
フィガロとロジーナの重唱で、
出すのが大変な高音を、
舞台でスコーンと出したのです。

あのとき、私は無我夢中であり、
自分が何をしていたかもわからず、
ただただ、音楽が先行し
私を、恍惚の世界へと導きました。


それは、十の勝ちでした。


勝つことに、文句のつけようのない
誰もが、『この子、誰?』と
なかなかつかない、点数もいただき、
一番となりました。


さぁ、そこから、順風満帆か?
と言うと、そうはならなかった
『十の勝ち』でした。

波に乗ってしまった演奏と言うのは
本当に神がかりであり、
歌の女神が、気まぐれに
光をあたえたような、
ラッキーなことだと思うのです。

どんなベテランの歌手でも、
毎回毎回、経験できるものではないのでは
と思うようなことでした。

それが、当時、まだ歌をはじめて
二年ちょっとの19歳が経験したのです。


大大大大スランプの始まりです笑


自分には、あの演奏ができる
と、そこに拘り始めてしまったのです。

十の勝ちには、直すところがありません。
すべての運とタイミングがそろいにそろった
そういう奇跡の出来事であると思います。


結局、私は、
十の勝ちは危ない、五分の勝ちが最上
という言葉に、深く感銘を受けたとしても、


十の勝ちに拘っている
十年以上経った今でも、
私は、そこに向かっているのだと
そういうことに、気づきました。


もちろん、拘りというのは
長い年月で、随分と柔らかくなり、

今では、
『また経験できたらいいな~
そして、できたら、次こそ
奢ったりせず、真摯に
努力することはやめない
から、お願いします。』
と、いう感じです。

充分拘っていますかね?笑



音楽を続けており、
フランス、フランス国外で演奏があり、
その私に共鳴してくださり
作曲したいと言ってくださる方がおり、
『レッスンを受けてみたい』と
おっしゃってくださる方がおり、



本当にありがたいと思います。



五分の勝ちが最上を
八分の勝ちで行こう


十の勝ちは、この人生で
味わえたらいいな、


そんなことを、思った
一文でした。



2015/09/04

立ちはだかる壁を乗り越えるという過程こそ成長の醍醐味

『何故、Sayuriが主役かと言えば、
まず、この役は、Sayuriの声に合っている。
それから、私たちはSayuriと仕事がしたく、
常に、とても心地いいと知っているからだ。
更に、Sayuriは、この作品を表現する耐久力を持っている。
Sayuriにとっても、私たちにとっても
素晴らしい経験となると感じている。
だから、Sayuriに、歌って欲しいと思う』




長きを経て、私はいま、
舞台の依頼を受けるところまできた。



私は、それに応えるべく、



フランス語を克服し、
西洋音楽を根っこから愛し、
ひとつの舞台へと、
情熱を掲げる。



長い長い道のりの、
スタートラインの、少し手前だ。


スタートラインで、
『Ready ?』と
聞こえて、構える姿は
きっと美しいだろう。


スタートの鉄砲の音は、
まるで、シャンパンをあけるように
鳴り響くだろう。


冷たい手と、震える足を
ドクドクと脈打つ心臓が
支えるだろう。






私は、音楽に情熱を注ぐことが
たまらなく、楽しいのは、




生きていると実感するからだ。


そのために、
壁を乗り越えよう、
克服しよう
自分に勝とう。


と、今、そう感じる人生に
感謝している。



来年、コペンハーゲンでの舞台は、
ソロ・主役での出演が公式に決定いたしました。
冒頭は、その日本語訳です。





ありがとうございます!!
頑張ります!

2015/09/03

支えとは・続

『マダム!靴落とされましたよ!』



ベビーカーから、裸足になった
次男の足がひらひら、見える。


『っあ!!』
と、驚いて、振り返ったら、
次男の落とした靴を持って、
私を呼び止めた方が居た。


・・・・


この瞬間、私の支えはなかった。


私は、ベビーカーを押すときでさえ、
舞台に立つ意識で歩くのが日課。


けれど、こうして、日常には、
沢山のトラップがしかけられている。



私は、つまり、

支えとは、意識を及ぼすこと


ということだと、思った。


ベビーカーから、落ちた靴を
拾うなら、まだ意識できる。


けれども、知らぬ間に落ちた靴を
さらに、突然呼び止められて
振り返る際に、

意識は、ッポーンと抜けてしまう。


その意識が抜けた瞬間、
支えはおろか、舞台人としても
何もかもが、塵と化す。


それが、支えだ。
だから、答えはないのですが、
いかに、意識できるかどうか、


そういうことを、極めていくことだと思います。


2015/09/01

支えとは

声楽家にとって、【支え】とは、
答えがありそうで、ない、
一生探し続けていく部分です。



支えを、考えるには、
自分自身の身体を知ることが大事。


自分自身の身体を知るには、
誰かに見てもらうか、
毎日鏡の前で見るかであり、



その見る際には、



見た目ではなく、
見えない部分である、
骨格を見なくてはいけない。


骨格を見るには、
骨格を知ること。


つまり、自分の骨格が、
緊張のない状態で、
上下に伸びるように、
自由である状態でいることを
自然の状態であるとし、


その状態である上で、
必要な筋肉が、
必要な分量だけつき、

それが、【支え】へと繋がります。


歌う際に、息がなくなり
フレーズが尻すぼみになるのは、

何故か?


息がなくなる、という意識が
必要以上に身体に緊張感を与えてしまい、
自分で苦しい状態にしてしまっている


という例がある。


では、息がなくなる、
とか、苦しくなる
という意識を変えるには、
どこに働きかければいいのか?


肺の位置を知り、
肺の動きを知り、


肺の周囲を囲む肋骨と胸骨を知り


肋骨と胸骨は、
自然な呼吸状態でどのように
肺へ空気を送ったり出したりするのかを
知る。


その肋骨たちは、
とても太く頑丈な
脊椎によって支えられ


脊椎は、骨盤によって支えられている。


骨盤が、どれだけ
大切な要となるか、
(骨盤のマッピングの必要性にも書きましたが)


それをイメージするだけで、
【支え】とは、ただ漠然とした


『何かによるはたらき』とかではないことが
わかる。


人は、筋肉が働いていると感じると
安心するけれど、


もっと、もっと、
奥深くの神経と筋肉の連動、
人が、感じることができない部分に
意識を向けていくことが大事だ。



感じることができない部分に
意識をむけることができる


それは、人間の脳だけができる
素晴らしい能力である。


筋肉で歌うのではなく、
脳で、歌うのです。


2015/08/31

一点に集中させる

自分がどうありたいか、

それを、しっかり持つこと。


私は、このことに集中しています。



私は、とにかく、
自分が心地よくあること。


誰かのためでもなく、
誰かが褒めてくれるからでもなく、
誰かが必要としているからでもなく、



自分が自分に負けないこと。


これが、一番、心地いいです。


もちろん、私のように生きていると、


わがままだと言われたり
自分のことしか考えていない
あるいは、

とてもラッキーでうらやましいことと


嫉妬の言葉をかけられたりもします。

(そのトーリですね!笑)

それでも、私は、
私がどうありたいかを貫きます。


そして、そんな私を
心から大切にしてくれ
愛してくれ、認めてくれる

その人たちの言葉を
耳に入れ、深く受け入れます。

そして、ありがたいことだと、
本当に、そう思います。


それが、私の愛です。


心地良いことを、求めることは、
ある意味、わざわざ苦しい道の
選択かもしれないけれども


一見、苦しい道のように見える道が



実は、一番心地良いことへの
輝く道だったりするものです。


苦しい道、万歳!


と言うわけで、
三つの異なる仕事に感謝し
フランス語の勉強も
子育ても、頑張って行きます。


逃げるは、心地良くないです。

ハイ^^


そう、逆の発想の方が強いです。


逃げたくないのです^^


こんな心地悪いこと、ありませんから♪


2015/08/30

家族

先ほど、ノルマンディー地方から
主人の両親と、息子ら二人が帰宅しました^^




私は、一週間、単独Marmandeへと行ってましたし
主人は、いつも通り、仕事していたので、


家族が揃うのは、実に、、、
どれくらいぶり?でしょうか笑



息子二人とも、こんがり焼けて
ニコニコ元気に帰ってきました。







マイペースな主人のお陰で、
ぶれることのない、私たち家族。



家族が、元気で、生きていること。

息子たちが、元気であること。



もう、本当に、これが何よりも
ありがたく、幸せだと思います^^

一番の幸せです。




そう思える、今に、心から
感謝をいたします。


いつもありがとうございます。