『マダム!靴落とされましたよ!』
ベビーカーから、裸足になった
次男の足がひらひら、見える。
『っあ!!』
と、驚いて、振り返ったら、
次男の落とした靴を持って、
私を呼び止めた方が居た。
・・・・
この瞬間、私の支えはなかった。
私は、ベビーカーを押すときでさえ、
舞台に立つ意識で歩くのが日課。
けれど、こうして、日常には、
沢山のトラップがしかけられている。
私は、つまり、
支えとは、意識を及ぼすこと
ということだと、思った。
ベビーカーから、落ちた靴を
拾うなら、まだ意識できる。
けれども、知らぬ間に落ちた靴を
さらに、突然呼び止められて
振り返る際に、
意識は、ッポーンと抜けてしまう。
その意識が抜けた瞬間、
支えはおろか、舞台人としても
何もかもが、塵と化す。
それが、支えだ。
だから、答えはないのですが、
いかに、意識できるかどうか、
そういうことを、極めていくことだと思います。